日本共産党柏原市会議員 橋本みつおのブログです。

日本共産党

万博Q&A(その1)

しんぶん赤旗5日付の記事を紹介します。

万博Q&A。

 

災害が起きたらどうなるの? 

 

学校参加させて大丈夫? 

 

パビリオン、ちゃんと建つの? 

 

国民の負担は? 

 

問題だらけ止められないの?

 

通学路の草狩りを

21日(水)は、献血の日。

 

しんぶん赤旗の記事。

 

すいよう特集。

 

原発回帰。

 

市役所へ。

 

9月議会の提出議案の件で複数の担当職員さんが説明に来られた。

 

幹事長会議(各会派の代表者会議)が行われました。

 

終了後は議員団会議。

江村議員が月・火と石川県羽咋市にある能登半島地震被災者支援共同センターに支援物資を届け、仮設住宅の訪問活動を行ったので報告をしてもらいました。

 

9月議会対策や諸課題について議論しました。

 

恩智川遊水地工事のために設置された仮歩道。

 

堅下北小学校の通学路にもなっています。

 

草が茂っているので担当課に報告しました。

昨年の教訓です。

 

 

昨年8月24日のブログより。

午前中は、堅下北小学校区の通学路の草刈りをしました。

 

明日は、全校登校日です。

孫も実家に行くときに通ります。

 

いつも見守りをしている仮歩道です。

 

しゃがんでの草刈りは、想像以上にきつかった。

 

水分補給もしながら休憩もしたが・・・。

途中で意識が少し朦朧(もうろう)したため、帰宅し休憩(熱中症の一歩手前)。

 

結局、2時間かかってしまった。

 

2回目の全身着替え。

 

午後からは、ダウン。

日頃、シルバー人材センターの方や市の職員さんが草刈りをされてますが、大変さを身にしみて実感しました。

 

あなたも日本共産党に

17日(土)は、日本最高気温の日。

 

しんぶん赤旗配達。

涼しい風が吹き気持ちよかった。

 

記事。

 

日頃会えない党員さん宅を訪問。

色々な思いをお聞きしました。

 

夜は、後援会の役員会が行われます。

 

残暑お見舞い申し上げます。まだまだ、暑い毎日が続いています。

水分補給をして熱中症対策と新型コロナが感染拡大しています。喚起と手洗いをしてお気を付けください。

 

さて、衆議院は、いつ解散が行われるかわかりません。4年の任期を全うすると来年の10月です。

来年の7月には、参議院選挙が行われます。

9月には、柏原市会議員選挙が戦われます。

政治と裏金問題が明らかになった自民党。

第2自民党を公言し、カジノ万博に突き進む維新政治に審判を下さなければなりません。

 

皆さんのお力を日本共産党へお寄せください。日本共産党へ入党してください。

日本共産党の102年は、どんな困難のもとでも国民を決して裏切らず、社会進歩の大義を掲げ不屈にたたかってきた歴史です。

戦前は、厳しい迫害を受けながらも、天皇制の専制政治に勇気をもって立ち向かい、侵略戦争反対と国民主権の旗を掲げたたかった唯一の政党でした。

 

戦後は、「アメリカいいなり」と「財界中心」の政治のゆがみをただし、「国民が主人公」の新しい日本の実現へ不屈にたたかってきました。

 

日本共産党の102年には、一人ひとりの党員の生き方が貫かれています。

戦前も、戦後も、そして、21世紀の今日も、変革の生き方を貫いていることは、私たち日本共産党の誇りです。

平和と民主主義の危機、「自己責任」の押し付け、ジェンダー不平等社会や進まない気候危機対策等々。

 

歴史を作るのは、人々のたたかいです。

自らの幸せと社会進歩を重ねて生きる、生きがいある人生の一歩を、ともに踏み出そうではありませんか。

日本共産党への入党を心から呼びかけます。

 

日本共産党員の4つの大切 

①支部会議に参加します。

②党費を納めます(収入の1%)

③しんぶん赤旗を読みます

④学習に努め、活動に参加します。

 

「自由に処分できる時間」と未来社会論――マルクスの探究の足跡をたどる

8日(木)は、親孝行の日。

 

しんぶん赤旗の配達。

早朝は、涼しかった。

 

記事。

大好きな高校野球が始まりました。

 

「自由に処分できる時間」と未来社会論――マルクスの探究の足跡をたどる 

志位和夫議長がお話をします。

 

志位議長の講義 「自由に処分できる時間」と未来社会論――マルクスの探究の足跡をたどる

8・9月の党活動ー思う存分ー

4日(日)は、橋の日。

 

しんぶん赤旗の配達。

エレベーター内で一般新聞を配達されている方とばったり。

 

自転車で配達をされています。

2時から5時の3時間の配達らしいです。

お互いに「暑いですね」の会話でした。

 

引きつづき、日曜版の配達へ。

 

 

山間部は、少しだけひんやりしてました。

 

午前中は、八尾で地区党の会議。

「共産主義と自由」の学習。

 

8月活動について議論しました。

 

小池書記局長曰く「この8月、9月は、党建設に思う存分集中して突破する」

どうにかしなあきません。

 

午後からは、訪問中に生活相談が入りました。

お母さんと息子さんと一緒にお話をしました。

高すぎる子どもの教育費用

18日(木)は、光化学スモッグの日。

子ども時代は、よく学校に旗があがっていました。

 

昨夜遅くまで起きていたので目覚まし時計にたたき起こされた。

しんぶん赤旗の配達。

 

記事。

 

写真ーオ・オ・タ・ニさんすごーい。

 

登校見守り挨拶活動。

 

暑ーい。

 

中学生は、終業式前名物体操服登校。

大掃除です。

遊びもあるようで体育館でドッジボール等もするそうです。

 

日傘をさしながら鯉を探すお友達。

 

やっくんも15分に元気よく登校。

 

22分に八尾翆翔高校の校歌がなりました。

 

シャツが汗でべたべたになりました。

 

午前は、ウオーキングで後援会ニュース配布。

 

これまた暑ーい。

 

汗がぽたぽた。

 

美しい花々を見て癒された。

 

蝉も一生懸命に鳴いていました。

 

午後からは、両親と一緒に大阪警察病院へ。

 

父親の術後の検診でした。

問題なしでした。

 

お礼として、実家産のオクラを頂きました。

 

学費値上げとんでもない

 

日本共産党創立102周年㊗️

15日(月・祝)は、日本共産党創立102周年の日。

しんぶん赤旗の配達。

 

主張。

 

日本共産党創立102周年記念講演。

3面あります。

日本共産党創立102周年記念講演会/いま日本を変える歴史的チャンス―暮らし・平和・人権、そして未来社会/幹部会委員長 田村智子

全文です。

5 時代を変える歴史的チャンス―日本共産党への入党を呼びかける

今、日本共産党の政策、国民が主人公を貫いて政治を変えようという立場とともに、未来社会と結びついた日本共産党という名前も、魅力となる時代が始まっています。政策も未来社会への展望も、知らせれば知らせるほど、日本共産党への共感や支持を広げることができる歴史的なチャンスを迎えていると、私たちは確信しています。

自民党政治のゆきづまりは、もうこれ以上、今の政治を続けさせるわけにはいかないというところまできています。日本共産党が強く大きくなって、多くの市民の皆さんと力を合わせ、古い政治の殻を破る、新しい政治、新しい時代へと変えていく歴史的チャンスの時ではないでしょうか。日本共産党に入党していただきたい。最後に心から呼びかけます。(拍手)

古い政治が限界にきているだけに、自民党や自民党を支えることで利権を手にする人たち、「アメリカいいなり」で日本を軍事大国にしたいという人たちは、国民の暮らしがどんなに犠牲になっても、今の政治にしがみつき、政治をもとから変えようという私たちに激しい攻撃、妨害をしてくるでしょう。私たちにとってのチャンスは、彼らにとっての大ピンチだからです。

日本共産党の創立から102年、先人たちも、私たちも、こうした攻撃や妨害にさらされながら、新しい時代への羅針盤をもち、どんな困難にも屈しないたたかいで、社会を変えようと歩んできました。党を強く大きくすることで、困難を打ち破ってきました。私たちも今、何よりも党の力をつけて、古い政治の殻を破りたいのです。

日本共産党員としての人生は、楽だとは言いません。悔しい思いもします。けれど、困難を乗り越えようとするから、仲間とともに成長する喜びがあり、社会の進歩と自分の人生を重ね合わせて生きる喜びがあります。

戦前、侵略戦争反対を不屈に掲げた日本共産党の先人たちは、激しい弾圧にあいました。逮捕・投獄され、命をおとした先人が何人もいます。「アカ」「非国民」と差別され、「共産党は怖い極悪人」だと偏見にさらされても、信念を貫いた先人たちがいたことが、どれだけ日本の歴史にとって大きな意味を持つか。今日の日本国憲法の平和と民主主義の理念は、戦前から日本の中で切望されていたのだと、先人たちのたたかいとともに語ることができるのです。

私は20歳で日本共産党に入党しました。アメリカと当時のソ連が核兵器の軍拡競争をしている時代に、日本共産党が「核兵器は廃絶できる」と呼びかけていたからです。核兵器の使用、実験、開発、貯蔵、これらすべてを禁止する国際条約をつくり、核保有国を包囲しようという呼びかけに衝撃を受けました。「無理だ」「理想だ」と言われながら、核兵器廃絶を求める国際署名にとりくむことは、私に未来への希望を持って生きることを教えてくれました。それから時がたち、核兵器禁止条約が誕生した時、時代を拓(ひら)く一人になれたことに心から震えるほどに感動しました。

今、新しい時代への扉を開く歴史的チャンスの時です。古い政治の殻を、ともに力を合わせて打ち破りましょう。希望の政治を、未来への展望を、ともに学び語り、日本の社会を前へと進めましょう。日本共産党への入党を重ねて心から呼びかけます。

「ともに歩もう、時代を拓こう」――ありがとうございました。(大きな拍手)

党創立102周年記念講演会 13日

7日(日)は、七夕。

 

しんぶん赤旗の配達。

 

記事。

13日に党創立102周年記念講演会。

 

晴天。

 

スズメも影に避難。

 

 

八尾で地区の会議が行われました。

 

彦星。

消費税が導入されて35年😡

2日(火)は、図書館開設の日。

 

しんぶん赤旗の折り込みです。

石川たえ大阪府会議員の府政報告です。

 

しんぶん赤旗の1日付の記事。

消費税が導入されて35年。

 

 

主張より。

消費税導入から1日で35年です。

 

当初の税率は3%でした。「小さく産んで大きく育てる」と言われたように、歴代の自民党政権の下で5%、8%、10%へと引き上げられてきました。

 

■大企業減税穴埋め

 岸田文雄政権は昨年10月、中小・零細業者、フリーランスはじめ多くの国民の反対を押し切りインボイス制度導入も強行し、物価高騰に苦しむ国民に事実上の増税を押し付けました。

 

 消費税導入も税率アップも財界の強い求めによるものです。1986年、経団連は「行財政改革と税制の根本改革について―中間報告と提言」を取りまとめました。「所得税体系の是正、法人税負担の適正化」として両者の減税を求め、財源として「課税ベースの広い間接税導入」を検討するとしました。この提言を受け自民党が89年に消費税3%を導入したのです。

 

 さらに経団連は93年、「今後の税制改正に対する提言」を発表しました。「所得税、法人税を減税するとともに、消費税を基幹的な税制として位置づけ」るとし、「大幅な消費税率の引き上げ」を提起。自民党政権は97年に税率を5%へ引き上げました。

 

 2007年には経団連は「希望の国、日本」と題する長期ビジョンで「日本の税制が法人課税や個人所得課税など直接税に大きく偏っている」ことを問題視し、法人税を「大幅に引き下げ」「個人所得減税を実施」することを求めました。消費税は「引き上げ」を当然視し、税率を段階的に上げるシナリオを明記しました。これに沿って第2次安倍晋三政権は14年4月に8%、19年10月に10%までの増税を強行しました。

 

 政府・自民党は消費税の導入や増税の理由について「社会保障のための財源」「高齢化社会に対応するため」などと述べます。しかし、財界が消費税に執念を燃やし続けた本当の目的は、大企業の税負担の「コストカット」です。

 

 消費税率の累次の引き上げの結果、国の一般会計では消費税が所得税、法人税を超えて最多の税収項目となりました。この35年でみると、23年度予算までの累計で539兆円に上る消費税収は、法人3税の減収累計318兆円所得税・住民税の減収累計295兆円で消えてなくなりました。消費税収は大企業や大資産家への減税による税収減の穴埋めに使われたのです。

 

■経済の停滞を招く

 消費税導入後の35年で日本経済は停滞し、国民生活は疲弊しました。どちらも自然現象ではありません。コストカットを求める大企業の要求に応じた自民党政治がもたらしたものです。

 

 人件費カットのために自民党は労働法制の規制緩和を強行、社会保険料カットのために社会保障の削減をすすめました。その結果、実質賃金は1996年のピーク時から74万円も減少しました。個人消費の落ち込みは国内経済を停滞させ、2023年の国内総生産(GDP)は、ドイツに抜かれ4位に転落しました。

 

 自民党の裏金問題が明らかにしたのは大企業の金に依存し、大企業のために政治をする同党の体質です。

自民党政治では日本経済も国民生活も転落する一方です。

政治を変え、税制を抜本的に転換するときです。

 

 

体力回復日。

万博工事可燃性ガス爆発

31日(日)は、体内時計の日。

 

0時35分に本郷事務所で江村議員と団会議・・ではなく。

江村議員は、しんぶん赤旗を各事務所へ落としてくれました。

 

ご苦労様です。

 

しんぶん赤旗の配達。

 

その後、第5日曜日なので大県事務所分の配達を。

真冬バージョンの服装なので汗をかいてしまった。

 

とりあえず、寝ました。

 

記事。

機能性表示食品の危険性。

 

大阪万博工事可燃性ガス爆発。

 

午後からは、党員宅を訪問し、色々とお話をお聞きしました。