日本共産党柏原市会議員 橋本みつおのブログです。

その他

保健所から書類が(38名)

15日(月)は、終戦記念日。

 

柏原市でのこの間の感染者数です。

 

9日ー167名 

10日ー173名 累計10100名 

11日ー181名 

12日ー71名 

13日ー132名 

14日ー66名 

 

1週間ぶりのブログの更新です。

近況報告です。

 

11日(木)に柏原病院から電話で連絡がありました。

「PCR検査の結果は、陽性でした。症状が悪化した場合は、受診して下さい」との事でした。

 

そして、今日に藤井寺保健所から封筒が届きました。

 

それぞれの案内でした。

今回、まさかのコロナ感染でした。

自宅で隔離生活をしまた。

 

家族3人は、PCR検査を受けましたが、全員陰性でした。

しかし、濃厚接触者の為、5日間の自宅待機でそれぞれの職場にも迷惑をかけてしまいました。

 

私の状態は、熱はありませんが、風邪の症状が続いて咳こんでいます。

 

大阪府議員団ニュース(7名)

4日(月)は、沖縄県誕生の日。

しんぶん赤旗配達をしました。

かなりの寝不足状態でした。

 

本日は、休養日。

 

父方の墓参りへ。

奈良県の山奥です。

途中、寄り道をして桜🌸の見物。

又兵衛桜🌸。

有名で多くの方が来られてました。

美しい花々を見て癒されました。

道の駅では、つくしが販売されていました。

御先祖様にもしっかりご挨拶をしました。

 

日本共産党大阪府会議員団のニュースです。

 

 

 

 

 

橋本みつおってどんな人[おだて編](1名)

30日(木)は、みその日。

 

しんぶん赤旗の配達からスタート。

年末と言うこともあり、交通量の多い、国道25号線もガラガラ。

心温まる張り出しがありました。

こちらこそありがとうございます😊。

しんぶん赤旗の記事です。

党員さんから見た、橋本みつおです。

 

おだてて頂いています。

 

おだてたら、頑張ることを皆さんは、よくご存知です。

 

さすが父親です。

 

さあ、皆さんは、どうですか。

 

異議等があれば、コメント下さい。

職員さんや議員の皆さんが見たら・・・・・。

と言われるでしょうね。

これからも、明るく・楽しく・元気よく・リスペクトを忘れず頑張りたいです。

 

 

柏原市内の日本遺産

柏原市のホームページより。

三郷町とともに申請した「もう、すべらせない!!~龍田古道の心臓部「亀の瀬」を越えてゆけ~」と、和歌山県などとともに申請した「「葛城修験」-里人とともに守り伝える修験道はじまりの地」が日本遺産に認定されました。

日本遺産は「地域の歴史的魅力や特色を通じて我が国の文化・伝統を語るストーリー」を文化庁が認定するもので、「ストーリーを語る上で不可欠な魅力ある有形・無形の様々な文化財群を総合的に活用する取り組みを支援する」制度です。

平成27年度にはじまり、文化庁は令和元年度までに83件を日本遺産に認定してきました。ただ無制限に認定するわけではなく、東京オリンピック・パラリンピック開催までに、およそ100件を認定するということで、今年度が最後の年にあたります。そうしたなか、新たに21件の日本遺産が誕生し、そのうち冒頭で紹介した2件が、柏原市に関係のある日本遺産です。

 

「もう、すべらせない!!~龍田古道の心臓部「亀の瀬」を越えてゆけ~」は、三郷町から柏原市へのびる「龍田古道」とともに、その道のなかで地すべりが繰り返されてきた難所「亀の瀬」をテーマにしたストーリーです。

「龍田古道」は、古代において奈良の都と大阪を結ぶ重要な道であり、関連する龍田山、龍田越えは、万葉歌に登場するなど当時の心情を映すキーワードでもありました。

そうしたキーワードになった理由に、龍田古道からの風景の美しさ、眺望の良さなどもありますが、亀の瀬近くの峠付近が「恐(かしこ)の坂」とも呼ばれていたように、地すべりの危険や恐怖と隣り合わせの道でもあったからでしょう。

三郷町にある龍田大社は、風の神を祀ることで有名ですが、龍田古道や亀の瀬での安全祈願とも結び付いた信仰の拠点といえます。

こうした歴史的な背景と、現在も亀の瀬で続く地すべり対策工事ともあわせて、自然の驚異と寄り添う暮らしは、まさに日本ならではのストーリーといえるのではないでしょうか。

 

「「葛城修験」-里人とともに守り伝える修験道はじまりの地」は、和歌山県を代表自治体とし、和歌山県では和歌山市、橋本市、紀の川市、岩出市、かつらぎ町、大阪府では岸和田市、泉佐野市、河内長野市、和泉市、柏原市、阪南市、岬町、河南町、千早赤阪村、奈良県では五條市、御所市、香芝市、葛城市、王寺町など、各府県・市町村が申請したストーリーです。

修験道の開祖・役行者(えんのぎょうじゃ)が初めて修業を積んだのが、和歌山~大阪~奈良にそびえる葛城の峰々といわれています。

その峰々には、法華経を1品ずつ埋納したとされる28箇所の経塚があり、和歌山市の友ヶ島を起点に峰を東に進み、

その最終地が「亀の瀬」とされています。かつては亀の瀬にある亀岩の横に宝筐印塔が並んで建っていたということですが、亀の瀬の南にある明神山を最終地とする記録もあるなど、不明な点もあります。

現在では、亀の瀬にある竜王社を最終地として修行者が訪れています。

いずれにせよ亀の瀬は、葛城山系の北端にあたることから、修業の終着点としてふさわしい場所といえるでしょう。

今回の日本遺産認定では、図らずも「亀の瀬」が2つの日本遺産の構成要素に含まれるという快挙となりました。

歴史的な文化財が豊富な柏原市ですが、新たに加わった2つの日本遺産も含めて、三郷町や和歌山県などとも連携しながら、文化財の活用の幅をさらに広げていきたいと思います。

  • 柏原市役所の日本遺産紹介サイト「日本遺産柏原市」(産業振興課)
  • 日本遺産「龍田古道・亀の瀬」の公式サイトはこちら(外部ページ)
  • 日本遺産「葛城修験」の公式サイトはこちら(外部ページ)

2つの日本遺産の構成要素となった「亀の瀬」(中央にあるのが亀岩)

傘寿の祝い㊗️

1月1日に両親の実家に兄弟と孫、ひ孫が集まった。

もちろん、消毒、検温、マスクの着用。

両親が数えで80歳に。

 

妹を中心に12月から兄弟ラインでやりとりをして準備を進めてきた。

60歳の還暦の祝いをして赤いちゃんちゃんこを着てもう20年が経った。

 

父親は、足・心臓が悪くなり、母親は、難聴がひどくなり、物忘れもひどくなってきている。

 

傘寿と言うことで黄色いちゃんちゃんこを着てもらった。

お祝いには、湯飲みとお箸をプレゼントとした。

最後に花束を渡すと父親の涙が・・・・。

父親の男泣きに感動してしまう私であった。

孫が8人、ひ孫が3人の橋本ファミリーとなった。

久しぶりに会ったが甥も姪もみんな立派に成長している。

ケーキ(8号)も美味しいかった。

 

次は8年後、88歳の米寿の祝いをみんなでそろってやりたい。

維新の会 政治資金パーティー💢

大阪民主新報12/13記事より。

橋本 )なんじゃこれゃ💢

 

大阪府選挙管理委員会が11月30日公表した2019年の政治資金報告書。

大阪維新の会 (代表 吉村知事)が2019年9月に開いた政治資金パーティーの収入は、

1億1721万円にあがります。

 

開催費用を差し引いた利益は、9768万円 利益率83、8%で、

大阪府内で政党や政治家が開いた政治資金パーティーの中でも郡を抜いています。

2019年までの10年間の収入総額は、8億2428億円で、

利益総額は6億4723万円。

 

利益率は78、5%となっています。

 

企業がまとまってパーティー券を購入することから 形を変えた企業団体献金❗️ともいわれています。

 

 

日本維新の会の2019年の収入は、20億283万円。

そのうち政党助成金は、15億6451万円。

 

(政党助成金は、赤ちゃんから高齢者までの全ての国民から1人当たり250円の税金、総額320億円を国会議員の数により配布)

(日本共産党は、支持していない政党にも分け与える憲法違反の制度として受け取りを拒否)

 

松井一郎前代表は、政党助成金について、返上することも、廃止することも拒否。

大県誕生から1,300年(3)なぜ大県なのか?

「県」は「あがた」と読み、古墳時代に各地の豪族が治めていた領地のことを「県(あがた)」と言いました。

領地を治める豪族を「県主(あがたぬし)」といい、近くでは「志紀県主」と呼ばれる豪族がいたことがわかっています。

志紀は現在の藤井寺市とその周辺になり、「大県主(おおあがたぬし)」とも呼ばれていました。

 

奈良時代には、地名はできるだけ良い文字を使うようにという指示が出されていました。

そのため、堅いという物事の状態を表す「堅」という文字よりも、支配する土地を表す「県(あがた)」を使用したのでしょう。

「大堅(おおがた)」に代わって、「おおがた」という読み方ができて、できるだけ良い文字を使った結果、「大県」となったのでしょう。

同じような例は、柏原市南部の「安宿(あすかべ)郡」にもあります。

「安宿」はもと「飛鳥部(あすかべ)」でした。奈良時代になって良い文字を使うようになった際に、できるだけ二文字にすることにもなりました。

そこで「安宿(あんすく)」という文字を使い、これで「あすかべ」と読むことになりました。

「安宿」には「住みやすいところ」という意味があり、これを採用したようです。

「大県」は志紀大県主に関連する地名であるという説が以前からあります。

たとえば、平凡社の『大阪府の地名』の大県郡の項目には、「『古事記』雄略天皇段に「志幾之大県主」のことがみえる。

この大県主は志紀郡の地方にいたように思えるが、生駒山地の南部には信貴山があることからすると、大県郡をはじめ高安・志紀両郡などを含めた信貴山山麓の地域が、古く志幾(志貴)とよばれていた可能性は高く、『古事記』にみえる志幾の大県主の本拠の地が、大県郡の地方であったかもしれない。」と書かれています。

 

しかし、その可能性は低いと考えられます。もともと大県(おおあがた)と呼ばれていたならば、「県下郡」「県上郡」で読みも「あがた」だったはずです。

「県」を「堅」という文字に変え、読み方も「かた」に変更するというのは考え難いことです。

また、大県郡と志紀県主を結び付けるような史料もありません。

志紀県主の本拠地は「志紀県主神社」のある藤井寺市惣社付近と考えるのが妥当でしょう。

奈良時代に採用された「大県」を古墳時代まで遡る地名とする根拠はなく、良い文字として「県」を使用したに過ぎないと考えるべきでしょう。

このように、「大県郡」の誕生だけでなく、「大県」という地名の誕生も720年だったと考えられます。

そして読み方も、奈良時代から現在まで一貫して「おおがた」だったのです。

柏原市ホームページより。

堅上郡と堅下郡

大県誕生1300年 11月27日は誕生日

しんぶん赤旗と日曜版の配達からスタートしました。

温い朝でした。

日曜版の配達地域の山間部は、やはり霧がでていました。

 

日曜版の記事です。

午前、午後とも大県、本郷事務所の日曜会議でした。

日頃、仕事等で来られない方が参加されました。

私からは、市政報告をしました。

30代の男性とSNSの活用について意見交換しました。

 

本郷事務所では、党活動については熱い議論になりました。

頼もしいです。

夜は、大県事務所で役員会が行なわれました。

私の出した活動計画(案)を議論してもらいました。

 

柏原市の広報11月号に「大県誕生1300年」がトップ記事になっていました。

ブログに出てくる大県事務所は、大県2丁目にあります。

 

続日本書紀(720年)に書かれています。

11月27日が誕生日です。

 

八尾の志紀も歴史があることがわかります。

是非とも関心がある方はお読みください。

 

 

2学期の始まり

8月17日(月)は、9日間の夏休みが終わり2学期の始まりでした。

最初に通った女の子は、7時35分でしたが、全体的には、いつもより遅い登校でした。

久しぶりに子どもたちと挨拶が出来ました。

友達同士で「どこかに行った?」の会話をしていました。

水曜日までは、午前中だけの授業です。

通常51人登校しますが、今日は、47人でした。

少し心配です。

月曜日は出来るだけ休養日にしています。

今日は、夫婦で和歌山県へ。

お盆で義母から預かった人形と我が家の古い人形の供養に加太にある淡島神社に行ってきました。

私は、あまり気にしないのですが、妻の強い要望でした。

たぬきさんもいっぱいでした。

 

神社の真横は海です。

透明で綺麗な海でした。

 

友ヶ島もよく見えました。

帰り、岸和田のサービスエリアに寄りましたが、お土産売り場に・・・・・。

なんじゃこりゃー。

 

地元に戻ってからは、コーナンへ。

党支部の方が「ポスターをはる板がボロボロになっている」と困っていたので、ベニア板を買い、90cm×60cmでカットしてもらいました。

大変、異常に暑い1日でした。

 

しんぶん赤旗8月15日付けの記事です。

終戦記念日にあたって 日本共産党書記局長 小池晃

孫と私、孫からすればひいじいちゃん・ひいばあちゃんと5時出発で魚釣りへ。

関空のふもとでサビキ釣りをしました。

多くの家族連れが来ていました。

 

私は、10数年ぶりの海釣りでした。

孫のせな君の大活躍でサバが45匹・アジが77匹でした。

せな君も月曜日から2学期が始まります。

 

 

日本共産党の小池書記局長の終戦記念日にあたっての談話です。

一、75回目の終戦記念日にあたり、日本軍国主義による侵略戦争と植民地支配の犠牲となった内外の人々に深い哀悼の意を表します。

 今年の終戦記念日は、世界と日本で新型コロナウイルスがいまだ猛威を振るう中で迎えました。多くの国民が「戦争につながる軍事費を削ってコロナ対策に」と願っているにもかかわらず、安倍政権は今年度も過去最高の軍事費を更新し、憲法9条の改悪に執念を燃やしています。日本共産党は、コロナ禍のもとで国民の健康と生活を守るとともに、9条を守り抜き、9条を生かした平和な日本を築くために全力をあげます。

 

 一、日米安保条約改定から今年で60年。9月には、安保法制=戦争法の強行から5年が経過するなか、安倍政権は、日米軍事同盟の強化と大軍拡をすすめ、沖縄での米軍新基地建設を強行しようとしています。さらに、憲法9条を変え、無制限の集団的自衛権の行使、海外での武力行使ができる国にしようとしています。安倍改憲を阻止し、安保法制を廃止して、「戦争する国」づくりをストップさせるため、平和を願うすべてのみなさんが力を合わせることを心から呼びかけます。

 

 一、政府・自民党はいま、公然と「敵基地攻撃能力」を保有しようとしています。国民の世論と運動によって陸上配備型迎撃ミサイルシステム「イージス・アショア」の配備が断念に追い込まれたことを逆手に取った暴挙です。敵基地攻撃は事実上の先制攻撃であり、国際法違反です。これまで「攻撃的兵器を保有することは、自衛のための最小限度の範囲を超えることになるから、いかなる場合も許されない」としてきた憲法上の立場を完全に蹂躙(じゅうりん)したものにほかならず、絶対にゆるされません。軍拡競争の悪循環を生み、北東アジアの緊張をさらに激化させるのは明らかです。日本共産党はこの企てを断固阻止するとともに、憲法9条を生かした外交で平和な日本と北東アジアをつくるために力を尽くします。

 

 一、国連で2017年に採択された核兵器禁止条約は、米国など核保有国による妨害にもかかわらず、現時点で82カ国が署名し、44カ国が批准しました。条約発効に必要な50カ国の批准へ向け、さらなる国際世論を巻き起こす時です。

 日本世論調査会の8月発表の調査では、核兵器禁止条約に「参加すべき」という国民は72%にのぼっています。にもかかわらず、安倍政権は唯一の戦争被爆国にもかかわらず、「核抑止力」を口実に、被爆者・国民の悲願に冷たく背を向け続けています。安倍政権を倒し、被爆者と圧倒的多数の国民が望む核兵器禁止条約に参加する政府をつくるため、市民と野党の共闘をさらに発展させることを呼びかけます。