日本共産党柏原市会議員 橋本みつおのブログです。

コロナへの党の提言とミヤネ屋報道(173名)

23日(土)は、土用の丑の日。

 

しんぶん赤旗の配達からスタート。

雨が降りそうな空だった。

 

しんぶん赤旗日曜版の配達を2コース。

ベストショット。

青谷の大池。

 

緊急の生活相談。

男性の緊急搬送の件でした。

 

電話📞のやりとり後、自宅🏠に向かいました。

とりあえず無事に終了。

 

後援会ニュースを2地域配布しました。

この時期は、キツイ😫。

 

マスメディアの影響は大きい😡。

真実を報道する必要があります。

 

ミヤネ屋をご覧なられましたか。

 

統一協会問題追及。

日本共産党に事実誤認のコメントに対して。

 

22日、岸田首相あてに提出しました。

日本共産党国会議員団の新型コロナウイルス「第7波」から、国民のいのちを守るための緊急要請。

 

気分転換🌻(131名)

22日(金)は、ナッツの日。

 

1学期最後の登校見守り挨拶活動。

 

八尾翠翔高校も今日が終業式。

 

爽やかで暑いお天気でした。

学童君は、2個宿題が終わったので後38個みたいです。

 

しばらくは、見守り活動も夏休みです。

 

本日は、活動も夏休みにしました。

 

気分転換でお花を見に行きました。

メインは、夏らしくひまわりです。

 

あっぱれなひまわり畑でした。

朝日が昇る方向に同じ向きに咲いてました。

 

ひまわりの花ことば。

 

「情熱」「あなただけを見つめる」など、太陽に向かって花が咲く様子にに由来しているようです。

 

まるで北海道みたいです。

美しい風景でリラックスできました。

 

明日から、また頑張ります。

しんぶん赤旗に柏原市が紹介されました(141名)

21日(木)は、日本三景の日。

 

昨日は、21時頃にテレビを見ながら寝てしまいました。

2時に目が覚め、しんぶん赤旗の配達へ。

 

堅下北小学校の5年生は、林間学習(奈良県)です。

7時過ぎに大きな荷物を持って集合していました。

 

夏休みの楽しい思い出を作って欲しいな。

私の時代は、高野山やったかな。

 

登校見守り挨拶活動。

 

小中学校は、今日から夏休みです。

八尾翆翔高校は、明日が終業式です。

学童に通う1年生の男の子。

「宿題42個あったけど2個やったから後、40個やねん」と嬉しそうに教えてくれました。

 

4件の要望があったので自転車で訪問。

 

空き家にハチの巣がある。

屋根の上にあるようです。

 

トイレの入り口がガタガタで直して欲しい。

大県神社の近くです。

 

公園に水道栓をつけてほしい。

 

道路の補修をしてほしい。

それぞれの担当課に伝えることにしました。

 

しんぶん赤旗に柏原市の記事が紹介されました。

「わがまちふるさと」

団会議でどちらが記事を書くか殴り合いをして決めました。

嘘ですよ。

 

江村じゅん議員が引き受けてくれました。

どうぞ、皆さん柏原市(かしわら)に起こしください。

大阪の水道統合問題(128名)

20日(水)は、月面着陸の日。

 

私が4歳の昭和44年です。

 

1学期最後の登校見守り挨拶活動。

 

「明日から夏休みやね」というと嬉しそうに「はい」の返事が返ってきました。

 

雨が降ったり止んだりでした。

バイクで通勤する小学校の先生から「毎日ありがとうございました」のお礼の言葉をいただきました。(駅宣伝の日は立っていません)

 

妹さんと遅刻ギリギリで一緒に登校しました。

 

市役所へ。

 

定例の団会議でした。

それぞれの活動報告と今後の予定を確認しました。

 

午後からは、全員協議会が開かれました。

 

大阪広域水道企業団と岸和田市・八尾市・富田林市・大東市・和泉市・高石市・東大阪市と柏原市との水道事業の統合に向けての統合素案の説明がありました。

 

各議員がそれぞれ質問を行いました。

 

私も3点質問を行いました。

色々とやり取りをしました・・・・。

 

最終的には、「自治体の水道事業の廃止、地域の技術力後退、水道に関し議決権が市議会ではなく水道企業団になる、市民悪の声が届かず情報も入りづらい、水道民営化(運営権民間譲渡)なども懸念される。市民の水の安全が脅かされる、災害時などの自己水源(柏原市は、自己水7・企業断水3)の維持が出来なくなる可能性がある等・・・」の課題を指摘しました。

 

「慎重に検討すべき」と締めくくりました。

 

ちなみに他会派の議員さんは、賛同する意見でした。

あくまでも今日は説明会でした。

 

最終的には、来年3月議会で議案として上程されます。

これからも勉強していく必要があります。

 

色々あった疲れました😞。

 

子ども向け市議会パンフレット(26名・累計6968名)

19日(火)は、戦後民主主義到来の日。

 

雨の中☂️の登校見守り挨拶活動。

雨のせいか踏み切りが10分ほど閉まり続け、東西で車が20台程並ぶ。

交通整理が大変でした。

妹さんと遅刻ギリギリに登校しました。

 

明日の全員協議会の質問準備をしました。

 

午後からは、大県事務所で会議が行われました。

 

司会進行役を務めました。

皆さんの頑張りにリスペクト。

 

 

東大阪の支援要請のよびかけをしました。

 

90分の真面目❓な会議を終えた後は・・・。

カラオケ道場タイム。

マイクはなし、マスクをしてめいめいが歌います。

「橋本さん、上手い」ともちあげられました。

 

議会事務局のホームページより。

子ども向け市議会パンフレットです。

柏原市議会ってなに。

市会議員ってどんな人。

おっちゃん達は16人でみんなにもかかわる大事な仕事をしています。

会議で色々な事を決めます。

国のことは国会。

大阪府のことは、大阪府議会。

柏原市のことは、柏原市議会でみんなの声を届けています。

議会でのおっちゃんの姿。

 

登校見守りのおっちゃんの姿。

 

柏原ぶどう🍇を使用した「かしわらもんMENU(37名)」

19日(月)は、光化学スモッグの日。

 

最近は、聞かんようになったなー。

 

小雨の降る中、しんぶん赤旗の配達を行いました。

 

久しぶりの休養日。

寝ました😴😴😴。

 

ぶどうを使用した「かしわらもんMENU」です。

 

柏原市の特産のデラウエアを使用した期間限定(7月20日~8月11日)のメニューです。

 

何故党名を変えないのか(86名)

17日(日)は、理学療法の日。

 

しんぶん赤旗の配達を2コース。

深夜雨が降ったようで道路が濡れていた。

 

八尾柏原地区党の会議が行われた。

写真は、会場下。

柏原市内で昨日・今日と夏まつり開催中。

 

選挙の総括会議でした。

この間、皆さんから出た声を伝えた。

(事件は、現場で起きている)

 

それと私自身の思いを意見した。

 

今回の選挙結果、他党から学ぶべき教訓や日本共産党の課題が明らかになったものであった。

一言で自力の問題だけで捉えては、いけないと考える。

 

これが日本共産党攻撃😡

 

「日本共産党の名前がいかん。」

「名前変えたらええのに・・・」と言う意見があります。

 

(85名)令和4年度夏季企画展「史跡誕生100年-高井田横穴と松岳山古墳-」

16日(土)は、盆送り日。

 

しんぶん赤旗の配達からスタート。

 

天気予報を見て、そのまま、しんぶん赤旗日曜版の配達へ。

 

夏祭りが行われます。

風もあり涼しかった。

 

しんぶん赤旗より。

自民党と統一教会。

 

会議の資料作りを行いました。

 

東京の方から生活相談のお礼の電話を頂きました。

「柏原市に党の議員さんがいて頂いて心丈夫でした」と大変感謝して頂きました。

実際は、何もしていませんが・・・。

 

後援会の役員会が行われました。

参議院選挙について皆さんからのご意見を伺いました。

 

2022年7月2日(土)~8月28日(日)

概要

 柏原市内には「史跡」として国史跡が4件、府史跡が3件、府の旧規則による指定が1件、市史跡が1件あります。

そのなかで最も古くに指定されたのが、国史跡の高井田横穴と松岳山古墳で、1922年(大正11)に指定されました。

大正時代から、その重要性が広く認識されていたのでしょう。

 また、史跡高井田横穴公園は、じかに歴史に触れあえる公園として、公園に隣接する柏原市立歴史資料館は、柏原の歴史を広く発信し、学ぶことができる施設として、1992年(平成4)にオープンしました。

 

今年は、開園・開館から30年、そして高井田横穴と松岳山古墳は史跡指定から100年を迎える記念の年となりました。

 そうした記念の年に、柏原市を代表する2つの史跡についての企画展を開催します。展示をとおして、2つの史跡の謎、魅力をわかりやすく紹介します。

主な展示資料

管玉・耳環・鉄鏃・馬具・土師器・須恵器-高井田横穴
土師器・円筒埴輪・楕円筒埴輪・形象埴輪-松岳山古墳【以上、柏原市所蔵】
大正時代の線刻壁画拓本-高井田横穴【個人所蔵】←初公開です!
勾玉・丸玉・管玉・石釧・銅鏃・土師器-松岳山古墳
円筒埴輪・楕円筒埴輪-紫金山古墳 【以上、京都大学所蔵】
船氏王後墓誌(レプリカ)【大阪府立近つ飛鳥博物館所蔵】

これまでの企画展はこちら

 

日本共産党創立100年㊗️(53名)

15日(金)は、日本共産党創立100年の記念日。

1922年(大正11年)の7月15日に生まれました。

 

登校見守り挨拶活動。

 

忘れ物をして、家まで戻った女の子。

走ってきて、「今何時ですか。」「まだ、15分。大丈夫やで」と言うと、安心して学校に向かいました。

 

やっくんは、8時30分になっても現れませんでした。

すると、遠くに姿が見えました。

一緒に校門まで社長登校しました。(遅刻)

 

市役所へ。

 

玄関先には、柏原市特産のぶどうが展示されています。

 

20日の水道広域化全員協議会に向けて、議員団として、最後のヒアリングを担当職員さんと行いました。

 

公開の柏原市議会全員協議会です。

傍聴も可能です。

 

20日(水)午後1時~ 柏原市役所5階議事堂。

 

日本共産党創立100周年。

 

日本共産党は15日、党創立100周年を迎えました。これに先立って、志位和夫委員長は14日、国会内で記者会見し、談話「日本共産党の歴史は、今に生きる力を発揮している――党創立100周年にあたって」を発表しました。

志位氏は「日本共産党の100年は、日本国民の利益を擁護し、平和と民主主義、自由と平等、社会進歩をめざして、その障害になるものに対しては、それがどんなに強大な権力であろうと、勇気をもって正面から立ち向かってきた歴史です」と語りました。

志位氏は、100年を貫く特質として、(1)どんな困難のもとでも、決して国民を裏切らず、社会進歩の大義を貫く不屈性(2)科学的社会主義を土台に、つねに自己改革を進めてきたこと(3)つねに国民との共同で政治を変えるという姿勢を貫いてきたこと―を強調。「それは、ただ過去の歴史の問題にとどまらず、今に生きる力を発揮しています」として、四つの角度から語りました。

第一は、日本国憲法に実った戦前のたたかいです。志位氏は、命がけで「国民主権」と「反戦平和」の旗を掲げた日本共産党の不屈のたたかいは、戦後の日本国憲法に実ったことを強調。いま多くの政党がロシアの蛮行に乗じて、軍拡・改憲の大合唱を行うなど、新たな「翼賛政治」の危険が生まれているもとで、今に生きる力を発揮していると述べました。

第二は、どんな国であれ覇権主義を許さないたたかいです。志位氏は、旧ソ連による干渉攻撃をはねのけ、自主独立路線を確立した党の歴史を語るとともに、“どんな国であれ覇権主義を許さない”という日本共産党の立場は、ロシアのウクライナ侵略や中国の覇権主義が深刻になるもと、何よりも世界でも異常な「アメリカ言いなり」の政治を根本からただすうえで、いよいよ重要になっていると強調しました。

第三は、国民の共同の力で社会変革を進めるという立場です。志位氏は、1961年の綱領路線確立後、「国民共同の力(統一戦線)で社会変革を進める」との大方針を貫き、80年の日本共産党排除の「社公合意」など困難な情勢のもとでも発展させてきたこと、それがこの間の市民と野党の共闘の運動の開始など重要な成果に結びついたことを強調。「どんな困難があっても、国民共同の力で社会を変えるという党綱領の大方針を堅持して奮闘する」と述べました。

第四は、日本共産党が、社会変革の大目標として、社会主義・共産主義の実現を掲げ続けてきたことです。志位氏は「21世紀の今日、地球的規模での資本主義体制の深刻な矛盾が、気候危機の深刻化、貧富の格差の劇的な拡大など、誰の目にも明らかとなり、『この体制を続けていいのか』という問いかけが広く行われているもとで、資本主義を乗り越えて社会主義・共産主義を目指す党の立場がいよいよ重要になっている」と強調。発達した資本主義国での社会変革の豊かで壮大な可能性を述べつつ、「『日本共産党』という名前を高く掲げて、新たな躍進を勝ち取るべく奮闘する」と決意を語りました。

志位委員長会見の一問一答から

なぜ100年続いたのか――党史を貫く三つの特質

日本共産党の志位和夫委員長が党創立100周年についての記者会見(14日)で行った記者団との主なやりとりは次の通りです。

―党創立100年は称賛に値するものだと思うが、なぜ100年続いたのか。

志位 「なぜ続いたか」というご質問に簡単に答えるのは難しいですが、一つの政党が、100年という年月をへて、生命力を保ち続けていることは、それ自体、重要な意義をもつ出来事だと思います。日本共産党の100年を貫く特質について、3点ほど申し上げたい。

どんな困難のもとでも国民を裏切らず、社会進歩の大義を貫く不屈性

志位 一つは、どんな困難のもとでも国民を裏切らず、社会進歩の大義を貫く不屈性です。

戦前、日本共産党は非合法のもとにおかれ、「国賊」「非国民」などと迫害を受けました。そのもとでも「侵略戦争反対」「国民主権」の旗を掲げて頑張り抜きました。

宮本顕治(元議長)さんが亡くなられたときに、評論家の加藤周一さんから、「宮本さんは反戦によって日本人の名誉を救った」という感動的なメッセージをいただきました。わが党のたたかいは、日本国民の全体にとっても、大事な意義をもつたたかいだったと思うんです。

戦後も苦しい時期は何度もありました。日本共産党の100年には順風満帆だった時期はひと時もありません。いつも支配勢力の攻撃や迫害にさらされてきた100年だったと言っても過言ではありません。それは日本共産党が日本の政治と社会を根本から変えようという志を持っていることの証しです。そういう政党だからこそ、風当たりも強く、そのなかで不屈に頑張ってきたというのが第1点です。

科学的社会主義を土台に、自己改革の努力を続けてきたこと

志位 第2点は、科学的社会主義を土台にして、つねに自己改革の努力を続けてきたということです。

1950年には、旧ソ連のスターリンなどによる干渉を受けて党が分裂したわけです。100年のなかでも最も深刻な危機に陥ったのがこの時期だと思います。

その時に、宮本顕治さんを先頭にした先輩たちが、自主独立路線を確立し、大きな自己改革をやった。

宮本さん自身も率直に話していますが、“戦後の一時期までは、ソ連のやることにはだいたい間違いがなかろう”とみていたが、ソ連などによるひどい干渉を実際に体験して、自主独立で進まなければだめだ、日本の国の運動の進路は、自分の頭で考えて、自分たちで決めていく。大国の干渉はきっぱり退ける―ここにいかなくてはだめだという路線を確立したわけです。

この土台の上に、1961年の綱領をつくり、節目節目で、綱領路線を発展させてきました。

ジェンダー平等は、2020年の綱領一部改定で書き込んだ大事な命題です。この問題でも、私たちは自己改革が大切だと大会でも強調し、みんなでその方向で努力しようと確認したんです。この問題での大会にむけた全党討論のなかで、わが党が過去の一時期、「赤旗」に掲載された論文などで、同性愛を性的退廃の一形態だと否定的にのべたことについて、きちんと間違いだと認めてほしいという意見が出されました。そうした討論を受けて、大会の結語で、これは間違いだったと明確に表明し、反省を述べました。

よく“共産党は誤りを認めない”“無謬(むびゅう)主義の党”だという批判がありますが、それは事実とまったく違います。事実と道理にそくして過去の誤りに対して誠実に正面から認め、自己改革の努力を続けてきた党だということをぜひ知っていただきたい。

どんな情勢のもとでも国民との共同で政治を変えるという姿勢を貫く

志位 第3点として、私たちは一党一派で政治をするという立場ではありません。つねに国民のみなさんとの共同で、当面する一致点を大事にして協力する。私たちは「統一戦線」と呼んでいますが、国民との共同で政治を変えるという姿勢をどんな場合でも貫いてきました。

1960年代から70年代は、革新自治体など、共産党と社会党が中心になっての革新勢力の共闘が発展し、これを大いに追求しました。

その後、1980年に「社公合意」が結ばれ、「共産党を除く」体制がつくられた。この困難な時期にも、統一戦線をあきらめず、「日本共産党と無党派の方々との共同」という方針を打ち出し、革新懇運動を発展させ、こうした努力が、2015年以降の市民と野党の共闘の発展にもつながりました。

現在、市民と野党の共闘は、いろいろな妨害や困難に突き当たっているのも事実ですが、切実な一致する課題で、国民との共同で、統一戦線の力で政治を前に進める、この立場をどんな情勢のもとでも堅持し、発展させてきました。この立場は今後も断固として貫きます。

「なぜ100年間続いたか」という問いに対しては、いまあげたわが党の三つの特質を答えとしてあげたいと思います。不屈性、自己改革、国民との共同――これらの特質は、今後の100年を展望しても、将来にわたって貫いていきたいと考えています。

国民の願いにこたえた運動にとりくみ、強く大きな党をつくりたい

―今後、党勢をどう立て直していく考えですか。

志位 国民の願いに応えたいろいろなたたかい、運動に力を入れていきたい。憲法問題は差し迫った課題ですが、暮らし、民主主義、ジェンダー平等、気候危機の問題など、国民のなかでの多面的な運動を発展させるために貢献していきたい。

それから、現に国民のなかにはさまざまな運動がありますから、そうした運動に、私たちが連帯し、参加していきたい。国民の願いに応えた運動を発展させていくことが一つの大きなカギになってくると思います。

その運動のなかで、日本共産党の党員を増やし、「しんぶん赤旗」の読者を増やし、民青同盟というともにたたかっている若いみなさんを大きくしていくという取り組みを成功させるために、力をつくしたいと決意しています。

“たたかいながら自力をつけていく”ことに正面から挑んでいきたいと思っています。

 

近鉄堅下駅の地上改札が7月26日(火)にオープン(73名)

14日(木)は、廃藩置県の日。

 

1871年(明治4年)。

 

しんぶん赤旗の配達からスタート。

 

小雨の中での登校見守り挨拶活動。

 

やっくん兄妹と一緒に登校。

 

妹さんと今日は、雨が降るのかどうかの話をしながら仲良く校門まで。

 

市役所へ。

 

元党議員の桝谷政則さんをお呼びし、学習会を行いました。

桝谷さんが市長及び全議員に配布した資料を基にレクチャーを受けました。

 

「柏原市まち創造プラン提案①」人口減少加速時代の成長戦略を考える。

さすが、議員生活を24年された深い話でした。

 

やっぱり、桝谷さんの笑顔は素敵でした。

ワクワクする中身でした。

 

 

午後からは、本郷事務所で会議が行われました。

選挙の総括をされました。

皆さんの声を大事にしたいと思います。

 

夜は、柏原市党の会議が行われます。

追記。

現場の率直な意見が出されました。

 

 

近鉄堅下駅バリアフリー化が7月26日(火)にオープン。

地下の自由通路が26日より8月上旬まで通行できなくなります。

なお、法善寺駅は、9月ごろ完成予定です。