日本共産党柏原市会議員 橋本みつおのブログです。

日本共産党創立100年㊗️(53名)

15日(金)は、日本共産党創立100年の記念日。

1922年(大正11年)の7月15日に生まれました。

 

登校見守り挨拶活動。

 

忘れ物をして、家まで戻った女の子。

走ってきて、「今何時ですか。」「まだ、15分。大丈夫やで」と言うと、安心して学校に向かいました。

 

やっくんは、8時30分になっても現れませんでした。

すると、遠くに姿が見えました。

一緒に校門まで社長登校しました。(遅刻)

 

市役所へ。

 

玄関先には、柏原市特産のぶどうが展示されています。

 

20日の水道広域化全員協議会に向けて、議員団として、最後のヒアリングを担当職員さんと行いました。

 

公開の柏原市議会全員協議会です。

傍聴も可能です。

 

20日(水)午後1時~ 柏原市役所5階議事堂。

 

日本共産党創立100周年。

 

日本共産党は15日、党創立100周年を迎えました。これに先立って、志位和夫委員長は14日、国会内で記者会見し、談話「日本共産党の歴史は、今に生きる力を発揮している――党創立100周年にあたって」を発表しました。

志位氏は「日本共産党の100年は、日本国民の利益を擁護し、平和と民主主義、自由と平等、社会進歩をめざして、その障害になるものに対しては、それがどんなに強大な権力であろうと、勇気をもって正面から立ち向かってきた歴史です」と語りました。

志位氏は、100年を貫く特質として、(1)どんな困難のもとでも、決して国民を裏切らず、社会進歩の大義を貫く不屈性(2)科学的社会主義を土台に、つねに自己改革を進めてきたこと(3)つねに国民との共同で政治を変えるという姿勢を貫いてきたこと―を強調。「それは、ただ過去の歴史の問題にとどまらず、今に生きる力を発揮しています」として、四つの角度から語りました。

第一は、日本国憲法に実った戦前のたたかいです。志位氏は、命がけで「国民主権」と「反戦平和」の旗を掲げた日本共産党の不屈のたたかいは、戦後の日本国憲法に実ったことを強調。いま多くの政党がロシアの蛮行に乗じて、軍拡・改憲の大合唱を行うなど、新たな「翼賛政治」の危険が生まれているもとで、今に生きる力を発揮していると述べました。

第二は、どんな国であれ覇権主義を許さないたたかいです。志位氏は、旧ソ連による干渉攻撃をはねのけ、自主独立路線を確立した党の歴史を語るとともに、“どんな国であれ覇権主義を許さない”という日本共産党の立場は、ロシアのウクライナ侵略や中国の覇権主義が深刻になるもと、何よりも世界でも異常な「アメリカ言いなり」の政治を根本からただすうえで、いよいよ重要になっていると強調しました。

第三は、国民の共同の力で社会変革を進めるという立場です。志位氏は、1961年の綱領路線確立後、「国民共同の力(統一戦線)で社会変革を進める」との大方針を貫き、80年の日本共産党排除の「社公合意」など困難な情勢のもとでも発展させてきたこと、それがこの間の市民と野党の共闘の運動の開始など重要な成果に結びついたことを強調。「どんな困難があっても、国民共同の力で社会を変えるという党綱領の大方針を堅持して奮闘する」と述べました。

第四は、日本共産党が、社会変革の大目標として、社会主義・共産主義の実現を掲げ続けてきたことです。志位氏は「21世紀の今日、地球的規模での資本主義体制の深刻な矛盾が、気候危機の深刻化、貧富の格差の劇的な拡大など、誰の目にも明らかとなり、『この体制を続けていいのか』という問いかけが広く行われているもとで、資本主義を乗り越えて社会主義・共産主義を目指す党の立場がいよいよ重要になっている」と強調。発達した資本主義国での社会変革の豊かで壮大な可能性を述べつつ、「『日本共産党』という名前を高く掲げて、新たな躍進を勝ち取るべく奮闘する」と決意を語りました。

志位委員長会見の一問一答から

なぜ100年続いたのか――党史を貫く三つの特質

日本共産党の志位和夫委員長が党創立100周年についての記者会見(14日)で行った記者団との主なやりとりは次の通りです。

―党創立100年は称賛に値するものだと思うが、なぜ100年続いたのか。

志位 「なぜ続いたか」というご質問に簡単に答えるのは難しいですが、一つの政党が、100年という年月をへて、生命力を保ち続けていることは、それ自体、重要な意義をもつ出来事だと思います。日本共産党の100年を貫く特質について、3点ほど申し上げたい。

どんな困難のもとでも国民を裏切らず、社会進歩の大義を貫く不屈性

志位 一つは、どんな困難のもとでも国民を裏切らず、社会進歩の大義を貫く不屈性です。

戦前、日本共産党は非合法のもとにおかれ、「国賊」「非国民」などと迫害を受けました。そのもとでも「侵略戦争反対」「国民主権」の旗を掲げて頑張り抜きました。

宮本顕治(元議長)さんが亡くなられたときに、評論家の加藤周一さんから、「宮本さんは反戦によって日本人の名誉を救った」という感動的なメッセージをいただきました。わが党のたたかいは、日本国民の全体にとっても、大事な意義をもつたたかいだったと思うんです。

戦後も苦しい時期は何度もありました。日本共産党の100年には順風満帆だった時期はひと時もありません。いつも支配勢力の攻撃や迫害にさらされてきた100年だったと言っても過言ではありません。それは日本共産党が日本の政治と社会を根本から変えようという志を持っていることの証しです。そういう政党だからこそ、風当たりも強く、そのなかで不屈に頑張ってきたというのが第1点です。

科学的社会主義を土台に、自己改革の努力を続けてきたこと

志位 第2点は、科学的社会主義を土台にして、つねに自己改革の努力を続けてきたということです。

1950年には、旧ソ連のスターリンなどによる干渉を受けて党が分裂したわけです。100年のなかでも最も深刻な危機に陥ったのがこの時期だと思います。

その時に、宮本顕治さんを先頭にした先輩たちが、自主独立路線を確立し、大きな自己改革をやった。

宮本さん自身も率直に話していますが、“戦後の一時期までは、ソ連のやることにはだいたい間違いがなかろう”とみていたが、ソ連などによるひどい干渉を実際に体験して、自主独立で進まなければだめだ、日本の国の運動の進路は、自分の頭で考えて、自分たちで決めていく。大国の干渉はきっぱり退ける―ここにいかなくてはだめだという路線を確立したわけです。

この土台の上に、1961年の綱領をつくり、節目節目で、綱領路線を発展させてきました。

ジェンダー平等は、2020年の綱領一部改定で書き込んだ大事な命題です。この問題でも、私たちは自己改革が大切だと大会でも強調し、みんなでその方向で努力しようと確認したんです。この問題での大会にむけた全党討論のなかで、わが党が過去の一時期、「赤旗」に掲載された論文などで、同性愛を性的退廃の一形態だと否定的にのべたことについて、きちんと間違いだと認めてほしいという意見が出されました。そうした討論を受けて、大会の結語で、これは間違いだったと明確に表明し、反省を述べました。

よく“共産党は誤りを認めない”“無謬(むびゅう)主義の党”だという批判がありますが、それは事実とまったく違います。事実と道理にそくして過去の誤りに対して誠実に正面から認め、自己改革の努力を続けてきた党だということをぜひ知っていただきたい。

どんな情勢のもとでも国民との共同で政治を変えるという姿勢を貫く

志位 第3点として、私たちは一党一派で政治をするという立場ではありません。つねに国民のみなさんとの共同で、当面する一致点を大事にして協力する。私たちは「統一戦線」と呼んでいますが、国民との共同で政治を変えるという姿勢をどんな場合でも貫いてきました。

1960年代から70年代は、革新自治体など、共産党と社会党が中心になっての革新勢力の共闘が発展し、これを大いに追求しました。

その後、1980年に「社公合意」が結ばれ、「共産党を除く」体制がつくられた。この困難な時期にも、統一戦線をあきらめず、「日本共産党と無党派の方々との共同」という方針を打ち出し、革新懇運動を発展させ、こうした努力が、2015年以降の市民と野党の共闘の発展にもつながりました。

現在、市民と野党の共闘は、いろいろな妨害や困難に突き当たっているのも事実ですが、切実な一致する課題で、国民との共同で、統一戦線の力で政治を前に進める、この立場をどんな情勢のもとでも堅持し、発展させてきました。この立場は今後も断固として貫きます。

「なぜ100年間続いたか」という問いに対しては、いまあげたわが党の三つの特質を答えとしてあげたいと思います。不屈性、自己改革、国民との共同――これらの特質は、今後の100年を展望しても、将来にわたって貫いていきたいと考えています。

国民の願いにこたえた運動にとりくみ、強く大きな党をつくりたい

―今後、党勢をどう立て直していく考えですか。

志位 国民の願いに応えたいろいろなたたかい、運動に力を入れていきたい。憲法問題は差し迫った課題ですが、暮らし、民主主義、ジェンダー平等、気候危機の問題など、国民のなかでの多面的な運動を発展させるために貢献していきたい。

それから、現に国民のなかにはさまざまな運動がありますから、そうした運動に、私たちが連帯し、参加していきたい。国民の願いに応えた運動を発展させていくことが一つの大きなカギになってくると思います。

その運動のなかで、日本共産党の党員を増やし、「しんぶん赤旗」の読者を増やし、民青同盟というともにたたかっている若いみなさんを大きくしていくという取り組みを成功させるために、力をつくしたいと決意しています。

“たたかいながら自力をつけていく”ことに正面から挑んでいきたいと思っています。